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学会3世の憂うつ

学会3世として生まれた僕は、創価学園・創価大学を卒業した。 しかし結局、バリ活にもアンチにもなれなかった。懐疑的性格という自らの原罪を呪いながら、それでも信仰を志向して生きる煮え切らない日々を過ごしている。

公明党は「変質」したのか:創価学会の自画像の投影

公明党は変質した」「自民党化している」「平和の党の看板を捨てた」・・・

昨年の安保法案成立ををめぐり、何度となく発せられた公明党への批判です。
私も当時その一部始終を見ながら、同じような感想を持ち、公明党の「変質」を嘆いていました。

しかし、公明党がどう「変質」したのかといえば、答えられずにいました。
例えば、「公明党は平和の党ではなくなった」という主張は、「かつては平和の党だったが、今は違う」という認識に基づいています。しかし、その「かつての公明党」とはどのようなものだったのか。

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本日の記事では、公明党の歴史を振り返ってみたいと思います。結党50年を経る中で様々な変節を経てきた公明党ですが、今日につながる「同質性」があることを明らかにできればと考えております。
憲法改正を巡り日本が大きく動こうとしています。その中で一定の役割を果たすだろう公明党の性質について考えることは、決して無駄ではないでしょう。

公明党は「平和の党」か?

公明党は平和の党」とは、よく聞くと思います。それは、結党以来、左派な立場をとり続けてきたのだろうという印象を与えます。
しかし、これまでの公明党の外交・安全保障保障をめぐる議論は、その時々によって、「保守」から「革新」まで、大きく変わっています。

一例として、同党の「日米安保」を巡る立場を見てみましょう。
1964年の党大会において公明党は、「将来どこからも侵略されないと保障が出来次第、日米安保体制を解消する」としています。「どこからも侵略されない」状況を想定するのは困難ですので、安保解消に積極的でないやや保守的な立場と読み取る事ができます。
それが、1973年の党大会では、「日米安保条約」の即時撤回を主張するに至ります。これはかなり革新的な主張です。
しかし、1981年には「存続はやむを得ない」と保守路線に舵を切るのです。

また、自衛隊を巡る立場も確認しておきましょう。
今回の参院選で、公明党候補は、「共産党自衛隊違憲と言っている」と批判しました。
しかしその公明党自身も、1973年に「自衛隊違憲の疑いがある」という見解を示していたのです。
とはいえその見解も、1981年には覆しており、条件付きながらも「合憲」と認めています。

さらに1992年にはPKO協力法が成立しますが、これは公明党も強く推進しました。さらに2000年代初頭には、テロ特措法や有事法制イラク特措法に賛成しています。
そして、2015年には安保関連法を成立させてたのです。

このように、公明党の外交・安全保障政策は、「ブレブレ」です。
これは、社会党左派との連携を模索しながらも挫折し、結局自民党との協力せざるをえなかったという政局判断に基づいています。

このような歴史を鑑みる、公明党の「平和の党」が意味するものは、社会党左派や共産党のような左翼的な強いイデオロギーに基づいたものではない事がわかります。
それは、国際情勢や政局判断によって変わる、非常に現実主義的なものなのです。これは、自民党ハト派に非常に近かった。だから両党は連立できたのです(ただし森喜朗首相の就任以降、今日の安倍首相まで自民党の総理はタカ派です)。

公明党は平和の党ではなくなった」と語る学会員の方がいらっしゃいます。しかし、その多くは公明党の変化を指摘するものではなく、「創価学会の平和思想に反する」というものではないでしょうか。学会思想の内実はどうあれ、この場合の「創価学会の平和思想」とは、「戦争絶対反対」「軍・戦力不保持」「9条遵守」といった左派的な言説として解釈されています。

しかしそのような強いイデオロギーは、公明党にはもともと薄かったというのが私の考えです。
公明党は、是々非々でその外交・安全保障政策を変更してきた。そのような歴史の延長として昨年の安保関連法の成立を見るとき、1つの「連続性」を見る事ができるのではないでしょうか。

公明党は「反権力」か

続いて考えたいのは、「公明党は権力の魔性に取り憑かれてしまった」というものです。
これも安保関連法の成立をめぐり、創価学会の中で聞かれるようになった主張です。その意味するところは、「反権力の精神を忘れ、政権の座に居座り続ける事が自己目的化している」というものでしょう。

しかし公明党が「反権力・反政権」であるかというと、疑問符がつきます。公明党はその歴史において、ずっと政権入りに固執してきたからです。

上述の通り、公明党は1973年に「自衛隊違憲」「日米安保条約即時撤回」といったかなり左寄りの主張をしました。これは、社会党などの野党と連携し、政権入りを模索していたからです。
しかしその試みは成功せず、今度は自民党との協力を目指します。1992年には当時自民党幹事長だった小沢一郎公明党市川雄一書記長が急接近し、蜜月関係を築きます。
その後自民党を割って出た小沢とともに、細川政権を組閣。果てには分党して新進党に合流しましたが、これらの取り組みは失敗に終わりました。
これらの変遷の果てにできたのが自公政権なのです。

このように公明党は、ずっと政権入りを目指してきた政党であり、権力を弾劾し続ける「反権力」的な野党ではありません(結党当時はこの色彩が強かったとは思います)。
政権奪取のために、その政策を右から左に柔軟に変え、「自民」とも「反自民」とも巧みに連携してきたのです。

さらに森喜朗小泉純一郎安倍晋三といったタカ派のリーダーとも、公明党は付き合ってきました。
妥協に妥協を重ねながら、今日まで自公の協力は継続しているのです。

安保関連法成立の際に、公明党が連立を離脱するのではないかと予想されました。
しかし成立の約1年半前にあたる2014年1月の時点において、山口公明党代表は「政策の違いで連立離脱はありえない」と明言しています。
民主党政権下であっという間に離脱をした社民党などとは異なり、公明党の与党へのこだわりは強いと考えられます。

なぜ公明党はかくも変遷するのか?

これまで、公明党が外交・安全保障分野においてその政策を大きく変えてきたことと、政権与党への志向が強いことを述べてきました。

それは、公明党が強い政治的イデオロギーを有しておらず、むしろ国民生活や福祉などの個別具体的な政策を実現する政党だからでしょう。
これは、独自の愛国観に基づいた改憲を党是とする自民党や、左翼的なイデオロギーを重視する共産党やかつての社会党と大きく異なります。
自衛隊」「憲法」「日米安保」「集団的自衛権」などの論点において、独自のイデオロギーに基づいて一貫した主張をするのではなく、その時の情勢や政局によって態度・主張を是々非々で変えていく。
安全保障・外交・国際貢献といった大きな国家観よりも、現場感覚に基づいた課題解決・政策実行に重きを置いていく。
このような政党が、政策の実現率において大きく勝る政権与党の立場にこだわるのは、合理的だと思います。

公明党の「変質」がこれまで批判されてきました。しかしその歴史を見るとき、安保関連法の成立もその延長線上に位置する出来事として、見ることが出来るのではないかと思います。

なぜ創価学会からの批判がやまないのか

最後に考えたいポイントは、特に支持母体である創価学会から、「平和の党ではなくなった」「自民党に媚びすぎている」といった批判が出てしまう理由です。

これは、学会員が創価学会のセルフイメージ(自画像・自己認識)を、公明党に投影しているからだと考えられます。

創価学会のセルフイメージは、初代・二代・三代会長の人生、主張によって構築されています。
即ちそれは、治安維持法不敬罪で投獄され獄死した牧口会長。同じく投獄され、出獄後「地球民族主義」を提唱した戸田会長。そして、世界市民思想を唱えながら民間外交を推進し、平和活動を行ってきた池田会長。
この御三方に象徴されるような、「反体制・反権力」「戦争反対・平和推進」が創価学会のセルフイメージ・アイデンティティ構築に不可欠な要素です。

公明党議員は、基本的に全員が創価学会員です。
つまり学会員にとって彼らは、同じ信念を共有する「同志」である。
その「同志」に自らのセルフイメージを重ね合わせ、「反権力」「平和の党」であることを期待するのはごく自然でしょう。
しかし、公明党の実態はそのような強い主張を持つものではなく、現実主義的な政策実行を重視するインテリ集団であると思います。

池田会長の思想を背景に、公明党を批判する学会員が話題になりました。
三宅洋平が主催した選挙フェスには、現役創価大学生が参加・主張し、注目を集めたようです。
もちろんそのような主張は自由ですし、最大限に保障されるべきです。

当初私は彼らに期待をかけていましたが、失望に変わりました。
厳しい言い方になりますが、公明党を批判する現役創価大学生の主張は、旧態依然の左翼となんら変わりない。そこに「池田先生」「創価学会」といった固有名詞が加わっているだけです。
結局、従来の「池田先生が仰るから正しい」的な発想を脱け出せておりません。わが母校から、そういう運動は出ないものでしょうか・・・。

今後憲法の議論が始まるでしょう。早晩9条についても向き合わなければならない日が来るはずです。
創価学会員として、一公明党支持者として、現実的な状況と創価学会の平和思想、そのどちらも重視しながら、賢い判断をしていきたいものです。

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