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学会3世の憂うつ

学会3世として生まれた僕は、創価学園・創価大学を卒業した。 しかし結局、バリ活にもアンチにもなれなかった。懐疑的性格という自らの原罪を呪いながら、それでも信仰を志向して生きる煮え切らない日々を過ごしている。

山口公明党代表の発言に戸惑っています:「9条加憲は自己否定?」

表題の通り、山口公明党代表の発言に戸惑っています。
これまでの私の「加憲」理解を覆すものだからです。

山口代表が、記者会見で「9条加憲」について言及したそうです。
残念ながら、会見全文や前後の文脈がわからないのですが、複数のニュースサイトで「9条加憲を当分問題にしない」と発言したと報道されています。
ここでは、毎日新聞の報道を引用させていただきます。

公明党山口那津男代表=似顔絵=は21日の記者会見で、憲法9条自衛隊の存在を明記する「加憲」について、当面議論の対象としない考えを示した。2014年の衆院選公約で9条加憲を「慎重に検討する」としていたが、憲法改正論議の本格化を前に、慎重姿勢を明確にした。

山口氏は「現行9条の解釈を示したうえで安全保障関連法を作った。それを自己否定するつもりはない」と説明した。3月施行の安保関連法には自衛隊の任務拡大が盛り込まれており、改めて憲法自衛隊を位置づける必要はないとの認識とみられる。  

<公明・山口代表>「9条加憲」封印、慎重姿勢を明確化 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース

私の「戸惑い」の理由を示す前に、この報道からわかることについてまとめましょう。

「9条改憲」はしばらく様子見、「緊急事態法」などから着手

衆参両院で「改憲勢力」とされる党・議員が3分の2を超え、休眠状態だった憲法審査会が始動します。果たしてどの条項が議論されるのか、注目が集まっていました。
山口代表の発言から、与党第2党の公明党として「9条は議論しない」という明確な態度を示したことになります。

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これを自民党の意向を無視した、公明党の「独走」と見ることができますが、私は違うと思います。やはり、自民党とある程度協議し、「9条は今回は議論しない」という合意に至ったのではないかと考えられます。なぜなら、9条改憲にかなり意欲的な安倍首相を全くシカトして、このような「議論拒否」をすれば、自公関係に大きな悪影響を与えると考えられるからです。
これは、自公として、「しばらく9条については、様子を見ますよ」という事を示しているのだと思います。

恐らく、「緊急事態条項」「国家緊急権」(社民党福島瑞穂に言わせれば「ナチスの全権委任法」に匹敵)か、「プライバシー権」など、9条よりも国民の合意を得やすそうな条項から議論をして、国民の「改憲恐怖症」を少しでも緩和させ、その上で9条の議論に乗り出そうとしているのだと考えられます。

よくわからない「加憲」の定義

問題は山口代表の発言において、「9条加憲」が安保関連法成立への取り組みを「自己否定する」ものと位置付けられていることです。このことが私には、全くよくわからないのです。

その事を説明するために、まず公明党が言う「加憲」を定義してみましょう。
以下の文章は、2014年のの衆議院選挙における公明党マニフェストからの引用です。

基本的人権の尊重、国民主権恒久平和主義。この3原則は、日本国憲法の骨格をなす優れた人類普遍の原理です。 (中略)時代に合わせて憲法を発展させるに当たっては、この3原則を堅持しつつ、新たに必要 とされる理念・条文を現行憲法に加える「加憲」が最も現実的で妥当な方式です。(中略)

憲法第9条については、戦争の放棄を定めた第1項、戦力の不保持等を定めた第2項を堅持した上で、自衛のための必要最小限度の実力組織としての自衛隊の存在の明記や、「平和主義の理念」を体現した国際貢献の在り方について、「加憲」の論議の対象として慎重 が進むよう取り組みます。 」

このマニフェストから判断すると、「9条加憲」とは、

戦争放棄を定めた第1項、戦力不保持などを定めた第2項については一切手をつけない。

現行の第1項・第2項の範囲内で許容される自衛隊のあり方・海外派遣について定めた第3項を追加する」

ということになるでしょう。

ですが、このように定義すると、先ほどの山口代表の発言と矛盾が起きるのです。

山口代表は、昨年成立した安保関連法を「現行の憲法9条の内部で、ギリギリ可能な安全保障・国際貢献のあり方を解釈した」と解釈しているようです。これは従来の公明党の説明と整合的です。
「いやいや、あれは違憲だよ」という反論も聞こえそうですが、ここでは触れません。少なくとも山口代表ら公明党議員は、あの法案をそのように位置づけているということです。

ただ、「9条加憲」がこの安保関連法の「自己否定」になるのか、理由が全く不明なのです。
なぜなら上述の通り、「9条加憲」とは「憲法第1項・第2項を堅持しながら、第3項を追加する」ものです。
なぜその議論をする事が、「現行憲法を堅持・解釈した平和安全法制を成立させた」ことを「自己否定する」ことになるのか?
むしろ、「現行憲法を解釈する」という平和安全法制の成立は、「現行憲法の論理を受け継いだ第3項について議論する」ことの、前段階における取り組みに当たるのではないか?

報道を見た限り、この理由が全くわからないのです。

「加憲は自己否定」発言の真意は?

上述の「加憲は自己否定」発言に関して、考えられる解釈は以下のものでしょうか。

①「加憲」は、憲法9条の第1項、第2項改正を含むから。
まず考えられるのは、公明党の「加憲」は、第3項追加だけでなく、第1項・第2項改正を含むというものです。
即ち、「我々はあんなに苦労して安保関連法を成立させ、憲法第9条第1・2項を解釈した。その後に第9条第1・2項を改正するなんて、あの努力が無駄にすることになり、自己否定だ」というものです。
もしこのような立場をとっているのだとしたら、「加憲」なんて言うべきではない。はっきりと「改憲」と言うべきです。

②安保法制の議論において「法改正で十分」と主張していたから

「法案を成立させたいなら、憲法改正すべきだ」
これは安保関連法の議論において、野党・マスコミから何度も発せられた批判です。
これに対して与党は、「合憲なのだから法案成立で十分」と述べてきました。

しかし、「現行憲法の範囲内なのだから、法案で十分」と言ってきたのに、その舌の根も乾かぬうちに「現行憲法の範囲内で成立可能な、9条第3項を追加する」というのは、おかしい。
「何で法案で可能なのに、わざわざ憲法に手をつけるのか」という話になります。

これは、公明党の「9条加憲」という立場の中途半端さを表しているとも言えます。
どうして、法案の成立で可能であるのに、「加憲」する必要があるのか。その説明が十分ではありません。

「9条の平和の理念をより体現するため」などという抽象的な説明ではなく、
せめて、「9条加憲」草案を作成・公開し、必要な理由をしっかりと主張すべきだと思います。

③メディアに山口代表の真意が伝わらなかったから。
上記の毎日新聞のように、多くの報道機関は「加憲は自己否定」なる旨を報道しました。
しかしもしかしたら山口代表は、「改憲は自己否定だが、加憲は自己否定ではない」と考えている可能性があります。

即ち、
●「改憲」・・・現行憲法の9条の第1項と第2項を否定し改正するため、現行憲法を堅持・解釈した安保法案の取り組みの自己否定になる。
●「加憲」・・・現行憲法の9条の第1項と第2項を堅持しながら新たな第3項を加えるため、現行憲法を堅持・解釈した安保法案の自己否定にはならない。
というものです。

もしそうだとしたら、山口代表の真意がうまく伝わっていないという事になります。
これは、メディアの責任か、山口代表の責任かは、会見を見ていない現在の私には判断出来ません。
しかし、結果的に多くの報道機関には「加憲は自己否定」と報道されてしまいました。
改憲ではない、加憲だ」と述べるならば、「改憲」と「加憲」をしっかりと分けて、誤解を生まないようにすべきです。

また、「改憲は自己否定だ」と述べているならば、それは「9条を議論の対象にしない」理由にはなりません。「改憲」がダメでも、「加憲」がオッケーならば、その立場から議論に参加すべきだからです。するとやはり、「自己否定」発言は不要だったと思います。

流石に①はかなりの暴論ですので、②か③であると思います(そう信じたい)。
ただ、これらは9条改正における公明党の中途半端さが現れていると思います。

私が公明党に期待すること

参議院選挙期間中、9条改正に関する公明党の主張は、「国民の議論が不十分」の一点張りでした。
「結局公明党は、憲法9条の改正に賛成するのか、しないのか?」と思っている方は、創価学会員・非学会員問わず、大勢いると思います。

はっきりした説明ができない第一の理由は、支持母体である創価学会の会員の「9条改正アレルギー」が強いからでしょう。私の周囲の会員、特に上の世代の会員は、9条改正に反対する人間は多い。公明党の「加憲」にすら疑問を持っている方も大勢います。
であるから、正面だって議論・主張すること自体が難しいのです。

しかし私は、公明党に「改憲」を掲げて欲しいと思っています。なぜなら今日の日本の政治における悲劇は、「マトモな改憲派」がいないことだと考えているからです。
つまり、「トンデモ改憲草案」を掲げる自民党と、非現実的な護憲派の代表・共産党というような対立様式ができ、他にオプションがない。
先の参議院選挙で話題になった、小林節氏のような「マトモな改憲派」(私の評価です)が「護憲派の代表」のように見られてしまったことも、悲しく思います。

現在私は、同世代の学会員の友人と共に、憲法9条についての勉強会や平和思想の読書会などを行っています。我々の世代の学会員は、憲法について固定的な価値観は弱く、自由な議論をすることができる。
池田名誉会長の言葉を金科玉条のように振りかざした護憲派運動ではなく、しっかりと会員以外の方も理解できるような立場をとっていきたい。そう考えております。

私の考える「マトモな改憲」や、公明党の「改憲」「加憲」に関する考察は、引き続き考察していきたいと思います。

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