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学会3世の憂うつ

学会3世として生まれた僕は、創価学園・創価大学を卒業した。 しかし結局、バリ活にもアンチにもなれなかった。懐疑的性格という自らの原罪を呪いながら、それでも信仰を志向して生きる煮え切らない日々を過ごしている。

日蓮遺文を再読するに当たって③:別に「池田教」と言われたって胸を張っていればいい

日蓮思想

「文証を出せ!」
嗚呼、こんな言葉を全く無反省にいう人間が大嫌いです。

創価学会員である私は、大学生の頃から、何度も日蓮正宗との「対論」に駆り出されています。「対論」とは、要するに「創価学会こそ日蓮正統の教団だ!日蓮正宗は邪教だ!」ということを、日蓮正宗の人と議論するわけです。

これを私は非常に「くだらない」と思っています。
はっきり言って決着なんて着きません。
大体いつも、日蓮正宗秘伝の(学術的に一切信頼不可能な)「相伝書」なるものの偽書問題で紛糾したり、スキャンダル合戦になってしまったり、と酷いものです。

教団というものの本質上、自身の正統性を証明しようとする試みは不可欠でしょう。しかし、そんな「くだらない」試みは、信濃町の宗教官僚や出家僧侶といった「きわめて特殊」な職業に就いた人間に丸投げしておけばいい。さっさと協約でもなんでも結んで、こんな不毛な論争で会員の手を煩わせるのは止めるべきです。ただでさえ、選挙や新聞啓蒙に忙しいのだから。そんな暇あったら、題目の一遍でもあげたほうがよっぽど有意義です(比較するのもおこがましい)。

(本記事は、連載企画「日蓮遺文を「再読」する」の一部です。連載一覧目次は、下記をご覧くださいませ。)

sanseimelanchory.hatenablog.com

歴史という場の中の「イエス」の探求

長くなりましたが、本日は「日蓮遺文を読む」シリーズ序論の最終回です。
前2回の記事において、「歴史的アプローチ」と「非歴史的アプローチ」について叙述しました。その上で、このブログでは「歴史的アプローチ」を重視し、「鎌倉時代の日本という場を生きた日蓮という1人の人間」を探求しようと思っています。

このような探求をするにあたり、非常に参考になる本があります。
田川建三の『イエスという男』です。

イエスという男 第二版 増補改訂 | 田川 建三 | 本 | Amazon.co.jp

これは、聖書に描かれるような「救世主(キリスト)としてのイエス」ではなく、「1世紀パレスチナを生きた1人の男・イエス」を歴史学的に明らかにする試みです。私はこれを読んだ時、「これが歴史学か」と目から鱗が落ちました。そして、自分の日蓮理解を反省せざるをえませんでした。

田川の言葉を引用します。

「イエスは殺された男だ。ある意味では、単純明快に殺されたのだ。その反逆の精神を時代の支配者は殺す必要があったからだ。こうして、歴史はイエスを抹殺したと思った。しかし、そのあとを完全に消し去ることはできなかった。それで、今度はかかえこんで骨抜きにしようとした。」

田川は、イエスを「時代に反逆した先駆者」と位置付けています。イエスは、当時隆盛を誇っていたユダヤ教を批判し、挙句の果てには十字架に架けられました。
これと同じ評価を、日蓮にすることもできるのではないかと思います。念仏や国家権力という一大勢力に立ち向かい、極寒の地に流罪までされたその生涯は、「時代に反逆した先駆者」の名に相応しいでしょう。
しかし田川は、後世の人間がイエスを「骨抜き」にしたといっている。どういうことか。

体制は、その人物を偉人として褒め上げることによって、自分の秩序の中に組み込んでしまう。カール・マルクスが社会科の教科書に載った時、もはやカール・マルクスではなくなるということだ。こうしてイエスも死んだ後で教祖になった。

イエスにしても、マルクスにしても、日蓮にしても、彼らは「時代の先駆者」として、体制に反抗し続けた存在でした。しかし彼らは、キリスト教ソビエト連邦、そして日蓮正宗創価学会という「既成勢力」によって教祖として組み込まれてしまった。それが田川に言わせれば「骨抜き」なのです。

冒頭で「文証を出せ!」という言葉に対する嫌悪感を述べました。私がそれを嫌うのは、それが時代の先駆者だった日蓮の生き方に迫ろうとするものではなく、800年後を生きる日蓮と全く無縁な教団や自分の生き方を正当化するために日蓮の言葉を用いることだからです。
そんな体制的な態度を取った瞬間、日蓮の姿は消えて無くなる。そこに出来上がるのは、自分たちの都合や願望を投影した「偶像としての日蓮」に過ぎません。

自分たちの教義を「発見」しようとする試み

クェンティン・スキナーという政治思想研究者の『思想史とは何か』という本があります。これから日蓮を読むにあたって、1番参考にしたいと考えている本の1つです。
スキナーは以下のように述べています。

もっとも根強い神話が生ずるのは、それぞれの古典的作者が、それぞれの歴史家の主題を構成するとみなされるトピックスについて何らかの教義を説いているだろうとの期待をもって歴史家の側が構えている時である。危険なことに、そのようなパラダイムの影響下に(たとえ無意識のうちにではあれ)置かれてしまうと、いわば指定済みのあらゆるテーマについて、その著者の教義を「発見しよう」とする気になるまではほんの一歩である。

少々読みづらいですが、日蓮に当てはめて意訳するとこういう事です。
私のような学会員や法華講員が日蓮遺文を読む時、どうしても先入観にとらわれてしまう。それは、大石寺教学や創価思想といった後世の人間が作った「パラダイム(認識の枠組)」です。日蓮が何を言っているのか、耳を澄ますように遺文を読むのではなく、大石寺教学や創価思想がそこに書かれているのを「発見」しようとして読む。それが日蓮の意図と異なるのは明らかであり、「自分の信仰が正しい」と自らの宗派への信心を自己強化する試みに過ぎません。

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「聖人御難事」の解釈について

その後世の教義の最たるものが「本門戒壇の大御本尊」でしょう。それについては、以前下記の記事にて記述しました。

ゆとり世代学会員の本音②:質問にお答えして - 学会3世の憂うつ

大前提は、私はそれへの信仰をする人を最大に尊重しますが、学術的にはかなり疑わしいという事です。その文献学的な理由は以下の2点に収斂されます。

①「本門戒壇の大御本尊が絶対」という主張の根拠になる史料が、偽書の疑いだらけ。また日寛など後世の人物のアクロバティックな解釈に依存
②「日蓮真筆」とされる遺文や史料から、「本門の戒壇一大秘法」説を導く事はかなり困難

①については、日蓮正宗が外部の研究者に対してかなり閉鎖的なので、決着がつく事はないでしょう。
②については、創価学会が長年採用してきた「聖人御難事」における「出世の本懐」解釈が挙げられます。

仏は四十余年・天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う、其中の大難申す計りなし先先に申すがごとし、余は二十七年なり其の間の大難は各各かつしろしめせり。

この「余は二十七年なり」という文言から、この遺文の執筆された弘安二年に日蓮は「出世の本懐」を遂げたと解釈されます。そして、その「出世の本懐」こそ「本門戒壇の大御本尊」建立だというのが、かつての創価学会と今日の日蓮正宗の見解です。
しかし、「聖人御難事」には、その「本門戒壇の大御本尊」の事は一切出てこない。「出世の本懐」といえば、「俺はこのために生まれてきたんだ!」という人生の総決算のようなものです。それを明かした筈の書に、それを書かないというのは首を傾げざるを得ない。
この「聖人御難事」を根拠に「本門戒壇の大御本尊は日蓮の出世の本懐だ!」と主張している仏教学者を、日蓮正宗創価学会以外では、私は1人も知らない。

私は「本門戒壇の大御本尊」を信じる人を否定しませんが、少なくともこの「聖人御難事」の解釈にはかなり無理があると思います。
スキナー風に言うならば、予め「本門戒壇の大御本尊こそ出世の本懐」という先入見・パラダイムを有している人間だけが、そこに「一大秘法」信仰を見出す事が出来るのだと思います。そういえばこの事を法華講員の幹部の方との法論で指摘したら、「西洋人には到底わからない文底の世界の解釈なのだ」という反論をされました。返す言葉が見つからず、完全論破されてしまいましたね。
この「出世の本懐」説を創価学会は既に廃棄しましたが、私はそれに賛同しています。

創価学会は池田教でいいし、日蓮正宗は日寛教でいい

とはいえ、創価学会日蓮遺文の読み方にもかなりの問題があります。一例を挙げましょう。
「御義口伝」に、以下のような文章があります。

一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身念念に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり。

恐らく、これを読んだ学会員が想起したのは、若き日の池田名誉会長の大阪での選挙戦でしょう。池田名誉会長は、この日蓮遺文の一節を読みながら、それを体現し凄まじい戦いをしたとされています。

実は「御義口伝」は偽書説が強いのですが、それは措いておきます。
問題は、学会員がこの言葉を日蓮が発した文脈においてではなく、「池田名誉会長の生き方」と連関させて認識しているという事です。つまり日蓮の思想は、池田名誉会長という1人の人物の生き方に現れていると、学会員は信じている(かくいう私もそうです)。そのような「先入見」を持って、日蓮遺文を読んでいる。また、学会員の日蓮理解は、殆どが池田名誉会長の日蓮解釈に基づいています。

以前、「創価学会は池田教だという指摘は全く正しい」という記事を書きました。この意見は変わっておりません。

創価学会日蓮を宗祖としながらも、それを「池田名誉会長」というプリズムを通して解釈し、その活動を展開する「池田教」であると考えています。
これは別に創価学会を揶揄しているわけではありません。何より私自身立派な創価学会員であり、池田名誉会長を愛しております。別に池田教だと揶揄されたって、堂々と胸を張っていればいいじゃないかと思います。こんな1千万人単位の人間を惹きつける稀有な人物を指導者に持ったのですから、変に日蓮正宗への対抗意識を燃やして神学論争に終始せず「日蓮正統の団体」なんてこだわらなくてもいい。ただし、池田本仏論などのレベルの低い主張には反論すべきですが。

またこれは、創価学会に限った話ではない。「創価学会は池田教」と揶揄する日蓮正宗の方は多いですが、私から見ると「日蓮正宗は日寛教」です。
日寛を尊敬している創価学会員は多いですが、その日蓮解釈は、今日の文献学・解釈学から見ると問題がありすぎです。「本門戒壇の大御本尊」「一大秘法」「日蓮本仏論」「唯受一人血脈相承」などの日寛の思想は(全てを日寛に帰することは出来ませんが)、明らかに彼独自のものであり、そのパラダイムを継承して教義を構築すると、「日寛教」と呼んで構わない宗派ができあがります(「日有教」などでも別に構いませんが、「日顕教」ではないと思います。日顕日蓮正宗への思想的貢献はほとんど無いというのが、私の理解です)。

「江戸時代の人間(日寛)と、現代を生きている人間(池田名誉会長)を同列にするな!」と言われるかもしれませんが、私から見るとそんなに大差ない。こんな両者が「日蓮正統」を巡って論争をしているのは、非常に滑稽だなと思います。そんな不毛な議論よりも、日蓮遺文を拝しながら、御本尊に題目をあげるべきです。

私はこの認識に立った上で、「池田教」を選んで生きております。

教義構築ではない日蓮に迫る試み

話が大きく逸れましたが、本連載「日蓮遺文を「再読」する」とは、イデオロギーに満ちた日蓮解釈ではなく、思想史的に日蓮に迫ろうとする試みであります。

上述の田川建三の言葉をまた引きます。

1人の歴史的人物をどう描くかは、とどのつまり、その人の生きていた歴史の場をどう捉えるかという問いに帰着する。たとえ抽象的思想の言葉であろうとも、1人の歴史的人物の言葉をとらえようと思えば、その人の生きていた歴史的場を見なければならない。

イエス像を描く課題はどこまで己の思い入れを制御して、イエスをイエス自身として描けるか、ということになろう。言い換えれば、イエスが生きていた時代の状況の中でイエス像を描くということにほかならない。その歴史的状況をどこまで深く広くとらえることができるか、という課題であり、その状況の中で、密接不可分に、その状況そのものを全身で呼吸しているものとして、しかもその状況に激しく抗った者としてイエスを描く、という課題である。そしてそこに浮かび上がるのは、とても私の理想像なんぞを生易しく投入するわけにはいかない、一人のものすごい人間がいる。

日蓮を、「末法の御本仏」としてその言葉を絶対化するのではなく、あくまで「鎌倉時代の日本を生きた一人の男・日蓮」に迫る事。その時代的制約の中で、彼はどう生き、その思想を生成したのか考える事。これが本連載の課題です。
そもそも、「御本仏」と仰がなければ読めない思想家なんて、なんの価値もない。また、一人の人間としてみた時に果たしてどれだけすごいのか。この生身の日蓮像を「御本仏」論は覆い隠してしまうと考えています。

もちろん私は創価学会員ですから、創価学会の教義を捨て去る気はない。たとえそれに問題があろうとも、立場上それを保ち続けなければなりません。
けれども別に、その教団的な視点以外の視点を持ってもいいじゃないか。そう思うのです。

さて、いよいよ次回からは「守護国家論」や「立正安国論」に取りかかり、その念仏批判を中心に考察していきます。

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